駅馬車

1939年のアメリカ映画で、西部劇としての大傑作とされる作品。

アリゾナのトントからニューヨークのローズバーグまで、保安官に連行される若者リンゴ(ジョン・ウェイン)たち9人を乗せた駅馬車が大平原を走るが、途中でアパッチインディアンに急襲される。

その中で様々な人間ドラマが展開されていく。

9人の乗客は皆、一癖も二癖もある人物ばかり。
共通しているのは行先だけだった筈の9人が、それぞれの人生を交差させていくストーリーの膨らませ方が凄い。

妊婦が産気づくと、酔いどれの医師が大奮闘したり、酒場の女が気遣ったりなど、人間の暖かさを感じさせるエピソードが随所にある。

途中インディアンの襲撃があったり、脱獄囚と無法者との決闘があったりと、アクションの要素とドラマの要素が濃密に絡んだ映画だ。

インディアンの襲撃に遭いながら疾走するシーンはスリル満点。

このスピード感は、西部劇というジャンルに限定してしまうのは勿体ない位に思う。

 

グーニーズ

スティーヴン・スピルバーグの冒険映画、グーニーズ。

主人公宅の屋根裏部屋で、宝の在り処を記した地図を発見し、7人のメンバーで宝探しに行く。
そして同じ様に宝を狙うギャング一家の追跡をかわしながら、冒険を続ける。

ギャングの様に敵役がハッキリしていて、宝という目的がしっかりあり、短い間に成長していくストーリーが痛快。

子供達だけで宝探しに行く、というのはワクワクする主題だ。
展開が読みやすいのに興奮するのは、子供と「冒険」の親和性が高いからだろう。

シンディーローパーの主題歌も、この映画に絶妙にハマっていて良い。

少年時代の冒険は夢の様なもの、スリリングでとてもテンポの良い映画だと思う。

ツィゴイネルワイゼン

鈴木清順監督の、幻想的な映画。

原田芳雄が演じる中砂の、怪しい演技に身震いした。
観ていくと、誰が本当に死んでいて、誰が本当に生きているのかが段々分からなくなってくる。

中砂が生前持っていたサラサーテのレコードを探しに来る小稲は幽霊だというのが後から分かる。

人が死ぬ時系列が、この映画の中では滅茶苦茶なのだ。

生と死というものは混在していて、曖昧なものだという事なのだろうか。

元々生きているという事自体が、曖昧で夢の中の様なもの、と考えさせる映画だ。

東京物語

尾道に住む年老いた夫婦(周吉、とみ)が、東京で暮らす子供達を訪ねる。しかし、長男も長女も忙しさにかまけて、構いたくないのが見え見え。

そんな中で、戦死した二男の妻だけが二人を慰めようとする。
長男と長女の方は両親の世話に困り、熱海旅行へ行かせてしまう。

二人が尾道に帰ってすぐに、とみは亡くなってしまう。

長男・長女は薄情にも思えるが、未亡人である二男の妻が「歳を取れば誰でも自分の生活が一番になるもの」と、淡々と語るところに深みがある。
達観しているというか、物事は見る角度によって違うという事を語っている様に思える。
善と悪の二択しかない訳ではなく、それぞれの立場によって変わってくるものだと。

家族と言っても生活が変われば、他人の様になってしまう、そう言ってしまうと身もふたも無い、でもそこに真実があると感じさせる映画だ。

 

猿の惑星

ラストシーンの衝撃。倒れている自由の女神を見て、不時着陸したのはどこかの惑星だと思っていたのが、実は地球だったと分かるあのラストは凄い。

猿に支配される=白人が有色人種に支配される、という危機感。
それを訴えたかったのだろうか。

とにかくラストが衝撃だったので、そこからまた何度か観直してしまう名作。

素晴らしき哉、人生!

自分の過失ではなく、大金を失い自殺をしようとする主人公の前に現れた天使。
自分が存在しなかった場合の世の中を見せられ、如何に恵まれた人生を送ってきたかを知る主人公。

前半部分でたっぷりと幸せな主人公を描き、その後の苦悩につないでいるからこそのリアリティだ。

絶望的に悲観する状況であっても、人生を肯定する事の素晴らしさを感じさせてくれる、素晴らしい映画だ。

七人の侍

黒澤明監督の、世界に冠たる名画。
「勝ったのは俺たち侍ではない。あの百姓たちだ!」という最後の台詞は物凄くインパクトがあった。
野武士と戦ってくれる侍を集める為に難航しながら、最終的に7人の侍を集めたきっかけは、村人たちが作った。

平和が戻ってきた事で、安堵している村人たちを見て、守るべきものは何の変哲も無い日常なんだという事なのだろうか。

カメラ使いや役者の演技の素晴らしさも、この映画の特徴の一つ。脇役である筈の村人たちまで、個性豊かで迫真の演技を見せる。

ところでハリウッド映画の「荒野の7人」は、この「七人の侍」のリメイク。そうした事からも黒澤監督の描く世界観の大きさが分かる。

海外でも自国のものも含めて最高の映画だという人は多いらしく、この映画のスケールの大きさは日本人にとって誇りとして良いと思う。

 

ブラック・レイン

松田優作の遺作となった映画、ブラック・レイン。

大阪を舞台に繰り広げられるアクション。
マイケル・ダグラスやアンディ・ガルシアと遜色の無い演技をし、松田優作が世界へ飛び出した映画だったのだが、既に癌に侵されていた彼は、この映画の公開前に亡くなってしまった。

松田優作演じるヤクザ、佐藤の鬼気迫る表情に思わず魅せられてしまう。

潮風のいたずら

高慢だった富豪夫人の女性が記憶を失い、かつて難癖つけて代金を支払わなかった大工に連れていかれ、家事をやらされる。

そんな生活の中で次第に優しさを備えていき、大工の子供達には本当の母親の様に愛情を持って接する様になる。

やがて夫が現れると一気に記憶が戻り、後ろ髪ひかれる思いで元の生活へ。それでもやっぱり、戻ってきた。
大工と子供達、本当の家庭に。

記憶を失う事によって彼女は新しい自分と出会い、成長していったのだろう。そして記憶が戻ってからも無くなる事はない、本当の人生を手に入れる事ができた。

ハッピーエンドが読める展開ではあるが、素晴らしい映画だ。

生きる 黒澤明

毎日形式的な仕事のみをし、無気力な日々を送る主人公。
ある日体調が悪く、検診を受けたところ胃がんで余命いくばくもない事を知る。
絶望の中で酒場などに出向き楽しみを見つけようとするが、シックリ来ない。

そんな状況の中、住民が熱望していた公園づくりに残りの命を燃やし、急に人が変わった様に働き出す。
そして最後は完成した公園のブランコに揺られながら、死んでいく・・・

葬式での同僚たちの会話シーン、明日からは自分達も力の限り仕事をしよう、と酔いながら誓い合うものの、翌日はやっぱりいつもの様に形式的で変わりの無い日常となる。

人はそう簡単に変わらない、それもまた「生きる」ことの側面なのだ。

黒澤明監督の作品の中ではひときわ地味なストーリーの映画だが、「生きる」とは何か、という無言の問いかけをされている様で胸に響く。