ゴッドファーザー

1972年に公開されたコッポラ監督のアメリカ映画、ゴッドファーザー。
主演はマーロン・ブランド、主役と言っても良い三男役を、アル・パチーノが演じている。

マフィア・ファミリーの首領ビトー・コルレオーネは「ゴッドファーザー(名付け親)」の尊称で呼ばれ、強大な権力を誇っていた。しかしビトーが銃撃されたことからファミリー間の抗争が勃発。コルレオーネ・ファミリーに危機が迫る。そして家業を嫌う三男マイケルはその意思に反して抗争に巻き込まれていく。

裏社会の濃密な世界、裏切り、報復、家族愛・・・

一番マフィアに向いてなさそうだった優等生の三男マイケルが、ファミリーを守ると決意してからの変貌ぶりは物凄い迫力ある。

物事の善悪を超えて、何かを守るという事の意義を感じさせる壮大なドラマだ。

 

アトランティスのこころ

そこまで古くは無いですが、2001年のアメリカ映画。

写真家ボビーのもとに幼なじみの訃報が届く。生まれ故郷に戻ったボビーはそこで、過去の出来事を思い起こす。それは1960年の夏。11歳のボビーは友だちのキャロルとサリーの3人で楽しい毎日を過ごしていた。そんなある日、彼と母親が二人で住む家の二階に新しい下宿人テッドがやって来た。知的で物静かなその老人にはある不思議な力があった。父を早くになくしたボビーは、そんなテッドに特別な親しみを感じていく。しかし、テッドはその不思議な力のために謎の男たちから狙われていた。

スティーブン・キングの小説の映画化だが、これは上巻と下巻の最後の部分。
小説の方では盛り上がるのは下巻の中盤辺りなのだが、映画としては美しい少年時代の情景と、郷愁に浸るラストの部分というのは妥当だろう。

小説とは違った味わいで、少年時代の記憶の曖昧さを見る事もできる。
随所にオールディーズの名曲が流れ、ゆったりした鑑賞が楽しめる。

駅馬車

1939年のアメリカ映画で、西部劇としての大傑作とされる作品。

アリゾナのトントからニューヨークのローズバーグまで、保安官に連行される若者リンゴ(ジョン・ウェイン)たち9人を乗せた駅馬車が大平原を走るが、途中でアパッチインディアンに急襲される。

その中で様々な人間ドラマが展開されていく。

9人の乗客は皆、一癖も二癖もある人物ばかり。
共通しているのは行先だけだった筈の9人が、それぞれの人生を交差させていくストーリーの膨らませ方が凄い。

妊婦が産気づくと、酔いどれの医師が大奮闘したり、酒場の女が気遣ったりなど、人間の暖かさを感じさせるエピソードが随所にある。

途中インディアンの襲撃があったり、脱獄囚と無法者との決闘があったりと、アクションの要素とドラマの要素が濃密に絡んだ映画だ。

インディアンの襲撃に遭いながら疾走するシーンはスリル満点。

このスピード感は、西部劇というジャンルに限定してしまうのは勿体ない位に思う。

 

グーニーズ

スティーヴン・スピルバーグの冒険映画、グーニーズ。

主人公宅の屋根裏部屋で、宝の在り処を記した地図を発見し、7人のメンバーで宝探しに行く。
そして同じ様に宝を狙うギャング一家の追跡をかわしながら、冒険を続ける。

ギャングの様に敵役がハッキリしていて、宝という目的がしっかりあり、短い間に成長していくストーリーが痛快。

子供達だけで宝探しに行く、というのはワクワクする主題だ。
展開が読みやすいのに興奮するのは、子供と「冒険」の親和性が高いからだろう。

シンディーローパーの主題歌も、この映画に絶妙にハマっていて良い。

少年時代の冒険は夢の様なもの、スリリングでとてもテンポの良い映画だと思う。

ツィゴイネルワイゼン

鈴木清順監督の、幻想的な映画。

原田芳雄が演じる中砂の、怪しい演技に身震いした。
観ていくと、誰が本当に死んでいて、誰が本当に生きているのかが段々分からなくなってくる。

中砂が生前持っていたサラサーテのレコードを探しに来る小稲は幽霊だというのが後から分かる。

人が死ぬ時系列が、この映画の中では滅茶苦茶なのだ。

生と死というものは混在していて、曖昧なものだという事なのだろうか。

元々生きているという事自体が、曖昧で夢の中の様なもの、と考えさせる映画だ。

東京物語

尾道に住む年老いた夫婦(周吉、とみ)が、東京で暮らす子供達を訪ねる。しかし、長男も長女も忙しさにかまけて、構いたくないのが見え見え。

そんな中で、戦死した二男の妻だけが二人を慰めようとする。
長男と長女の方は両親の世話に困り、熱海旅行へ行かせてしまう。

二人が尾道に帰ってすぐに、とみは亡くなってしまう。

長男・長女は薄情にも思えるが、未亡人である二男の妻が「歳を取れば誰でも自分の生活が一番になるもの」と、淡々と語るところに深みがある。
達観しているというか、物事は見る角度によって違うという事を語っている様に思える。
善と悪の二択しかない訳ではなく、それぞれの立場によって変わってくるものだと。

家族と言っても生活が変われば、他人の様になってしまう、そう言ってしまうと身もふたも無い、でもそこに真実があると感じさせる映画だ。

 

猿の惑星

ラストシーンの衝撃。倒れている自由の女神を見て、不時着陸したのはどこかの惑星だと思っていたのが、実は地球だったと分かるあのラストは凄い。

猿に支配される=白人が有色人種に支配される、という危機感。
それを訴えたかったのだろうか。

とにかくラストが衝撃だったので、そこからまた何度か観直してしまう名作。

素晴らしき哉、人生!

自分の過失ではなく、大金を失い自殺をしようとする主人公の前に現れた天使。
自分が存在しなかった場合の世の中を見せられ、如何に恵まれた人生を送ってきたかを知る主人公。

前半部分でたっぷりと幸せな主人公を描き、その後の苦悩につないでいるからこそのリアリティだ。

絶望的に悲観する状況であっても、人生を肯定する事の素晴らしさを感じさせてくれる、素晴らしい映画だ。

七人の侍

黒澤明監督の、世界に冠たる名画。
「勝ったのは俺たち侍ではない。あの百姓たちだ!」という最後の台詞は物凄くインパクトがあった。
野武士と戦ってくれる侍を集める為に難航しながら、最終的に7人の侍を集めたきっかけは、村人たちが作った。

平和が戻ってきた事で、安堵している村人たちを見て、守るべきものは何の変哲も無い日常なんだという事なのだろうか。

カメラ使いや役者の演技の素晴らしさも、この映画の特徴の一つ。脇役である筈の村人たちまで、個性豊かで迫真の演技を見せる。

ところでハリウッド映画の「荒野の7人」は、この「七人の侍」のリメイク。そうした事からも黒澤監督の描く世界観の大きさが分かる。

海外でも自国のものも含めて最高の映画だという人は多いらしく、この映画のスケールの大きさは日本人にとって誇りとして良いと思う。

 

ブラック・レイン

松田優作の遺作となった映画、ブラック・レイン。

大阪を舞台に繰り広げられるアクション。
マイケル・ダグラスやアンディ・ガルシアと遜色の無い演技をし、松田優作が世界へ飛び出した映画だったのだが、既に癌に侵されていた彼は、この映画の公開前に亡くなってしまった。

松田優作演じるヤクザ、佐藤の鬼気迫る表情に思わず魅せられてしまう。