テレビ映画

1950年代のビデオテープレコーダ (VTR) が登場する前には、アメリカ合衆国を中心にフィルム(主に16mmフィルム)を使った映画として、キー局でドラマや西部劇などの作品が製作されており、1本が30 – 60分程度の短編作品の数十から200本程度のシリーズものの形で製作された。日本ではビデオカメラで撮影した生放送のスタジオドラマを放送していたが、アメリカでは時差があるためにフィルムで撮影していた。また、1948年にアメリカの連邦最高裁判所の判決で、ハリウッド映画のメジャースタジオが独占禁止法に触れて、制作と興行が切り離されて、余剰人員がテレビ映画の制作に乗り出したのも要因の一つである。

日本では、民間放送テレビ局の増加する1957年頃から、映画会社が五社協定により、テレビへの協力を拒否した事から、代わりのコンテンツとして西部劇やドラマなどのアメリカ製テレビ映画が多く輸入され、1960年代に全盛期を迎えた。テレビ局が自らテレビドラマを制作するよりも、3分の1から4分の1の予算で済む安上がりで出来のいいアメリカのテレビ映画が重宝されたのである。何よりも開局当時のテレビ局に制作能力のなかったこと、テレビドラマを作れる制作プロダクションがなかったという事情があった。