バニシング・ポイント

1971年のアメリカ映画。

新車の陸送の仕事をしている男コワルスキーは、請け負った「白の1970年型ダッジ・チャレンジャー」の陸送で、翌日の午後3時までの15時間でコロラド州デンバーからサンフランシスコまで到着させるという賭けをすることになった。

途中、スピード違反で警察に追いかけられ、派手に騒ぎを起こして振り切ったことを地方ラジオ局の盲目の黒人DJ・スーパー・ソウルに放送されたこともあって、他愛のない賭けは思わぬ大騒動へと発展する。

かつては海兵隊隊員であり、レースドライバーであり、警官だった事もあるコワルスキーは、数々の障害が降りかかろうと、道々に追跡してくる警察を蹴散らし、ただひたすら車を走らせ続ける。

そんな彼に対して、スーパー・ソウルを始め、共感する者たちの輪が広がっていき、ある者は協力し、またある者は声援を送った。その有様を苦々しく思う警察は、威信にかけてコワルスキーを止めようと異常なまでの検問をひく。しかし、コワルスキーは自らの消失点(バニシング・ポイント)に向かうかのように、アクセルを踏み続ける。

アメリカの広大さを、疾走感溢れる映像で語っている。
ただひたすら車で爆走するだけなのに、あの迫力は何なのだろう。

理由もあってない様なもの。大地の大きさに比べたら、理屈なんてちっぽけなもの。

他愛もない事から、こんなに大がかりなある意味では現象とも言うべき状況を生み出し、最後は破滅へと向かっていく。
アメリカン・ニューシネマの魂がここにあるのだろう。