回天

回天は超大型魚雷「九三式三型魚雷(酸素魚雷)」を転用し、特攻兵器としたものである。九三式三型魚雷は直径61cm、重量2.8t、炸薬量780kg、時速48ノットで疾走する無航跡魚雷で、主に駆逐艦に搭載された。回天はこの酸素魚雷を改造した全長14.7m、直径1m、排水量8tの兵器で、魚雷の本体に外筒を被せて気蓄タンク(酸素)の間に一人乗りのスペースを設け、簡単な操船装置や調整バルブ、襲撃用の潜望鏡を設けた。炸薬量を1.5tとした場合、最高速度は時速55km/hで23キロメートルの航続力があった。ハッチは内部から開閉可能であったが、脱出装置はなく、一度出撃すれば攻撃の成否にかかわらず乗員の命はなかった。

アマデウスの映画版

舞台版では再現不可能なプラハでのロケシーンや、オペラ『後宮からの誘拐』『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』のハイライト・シーンが挿入されるなど、映画版ならではの見どころも多い。劇中、本来ドイツ語によるオペラ『後宮からの誘拐』と『魔笛』は、脚本のピーター・シェーファー自身が訳した英語の訳詞によって歌われた。オペラの上演シーンの撮影に使われたプラハのスタヴォフスケー劇場(別名:エステート劇場、あるいはティル劇場。当時はノスティッツ劇場と呼ばれていた)は、実際にモーツァルト自身の指揮で『ドン・ジョヴァンニ』の初演が行われた劇場である。

モーツァルト役のトム・ハルスはピアノを猛特訓し、劇中の多くの場面で代役や吹替え無しでピアノを弾いている。指揮法についてもネヴィル・マリナーのトレーニングを受け、マリナー曰く「たぶん彼が音楽映画の中で最もちゃんとした指揮をしていると思う」とまで言わしめた。なお、劇中の時代にはまだ現在のような指揮棒が無かった史実を反映して、指揮を行う場面は全て素手を振るう形で行われている。

リーサルウェポン3

ロサンゼルス市警の巡査部長・リッグス&マータフは、あるビルの駐車場に仕掛けられた爆弾を爆弾処理班を待たず勝手に解体しようとしたあげく失敗し、ビルを完全に爆破するという失態を犯す。巡査に格下げになってしまった二人はパトロール中に輸送員に変装した強盗に遭遇。ビリーというチンピラを逮捕する。しかし、取調室でビリーは何者かに殺されてしまった。内務調査部が動き出したことに不満なリッグス。

ある日、若者の麻薬の取引現場を発見したリッグスは逮捕を試みるが、フルオートマチックの小銃で乱射に遭う。マータフが犯人を射殺したが、実はそれは息子の友達であった。未成年の銃事件とビリーを調べるうちにある人物が浮上する。

レインマンには実在のモデルが居た

実在のモデルは、サヴァン症候群のキム・ピークと言われている。キムと面会した作家のバリー・モローがその能力に驚愕し、小説を書きあげる。
当初、ホフマンは弟の役だったが、兄の役柄に大きな感銘を受け、自分が演じることを直訴。何度もキムに面会し、役作りに励んだという。
床に落ちた爪楊枝を瞬時に計算したキム・ピークの実体験がそのまま映画のエピソードとして出てくる。ただし自動車運転などは困難を極めた。
映画「レインマン」の公開後に有名となったキムは、しかしなんら生活を変えることなく、毎日を図書館で過ごし、小説から図鑑、電話帳、住所録までを片っ端から読破して、記憶する日課を死ぬまで続けて、09年12月19日に58歳で亡くなる。

何だか、悲しい話である。

007 ゴールドフィンガー

前作『007 ロシアより愛をこめて』のヒットで、シリーズの人気を決定付けたが、この映画でさらに人気を不動のものとしたと言っても過言ではない。ガンバレルから始まるオープニングとボンドの活躍、ボンドが世界各地を飛び回る、Qの研究室に訪れ多種多様な秘密兵器の説明とそれらの兵器を受け取る、ボンドカーの登場など、現在の007シリーズの基礎がこの作品である。また、初めて犯罪組織スペクターが登場しない作品でもある。

本作は1964年の世界興行収入で1位の映画となり[4][5]、日本では1964年の外国映画興行成績で第3位、1965年には日本映画も含めた興行成績で第1位となった。

ウエスト・サイド物語

映画の大部分はロサンジェルスに作られた、ボリス・レヴィン設計によるセットで撮影された。ただ、映画冒頭の一連のシーンはニューヨークの、現在はフォーダム大学リンカーン・センターキャンパスが建っている一角で撮影された。舞台版監督のロビンスは音楽シーン、ダンスシーン、ファイトシーンの全責任を負っていたが、撮影が60%ほど進んだ時点で予算超過を理由に解雇された。彼の最後の仕事は決闘場面の演出書きであった。

映画は1961年10月18日にユナイテッド・アーティスツ配給で公開された。批評家、観衆からの絶大な支持を得て、その年のアメリカ国内第2位の興行成績となった。アカデミー賞では作品賞をはじめ、ノミネートされた11部門中10部門を受賞した。また、映画のサウンドトラック・アルバムも空前の売り上げとなった。

大空港

原作は、緻密な取材でさまざまな業界の内幕を描く、アーサー・ヘイリーのベストセラー小説。上映時間の制限上、省略された人物やエピソードはあるものの、全体としては原作にかなり忠実に映画化されている。脚本・監督は、名作『三十四丁目の奇蹟』(1947)のジョージ・シートン。音楽は、『慕情』(1955)他でアカデミー賞を9回も受賞しているアルフレッド・ニューマンで、作曲後の死去により、この仕事は彼の遺作となった。

出演は、『エルマー・ガントリー/魅せられた男』(1960)でアカデミー主演男優賞に輝いたバート・ランカスター、かつてはジェリー・ルイスと「底抜け」コンビを組み歌手としても有名なディーン・マーティン、『悲しみよこんにちは』(1957)のジーン・セバーグ、『ブリット』(1968)のジャクリーン・ビセット、『暴力脱獄』(1967)でアカデミー助演男優賞を受賞したジョージ・ケネディらといった、オールスター・キャストであった。

ならず者

盗まれた馬を探しにやってきたお尋ね者のドク・ホリディ。旧友の保安官パット・ギャレットの協力で馬を発見するが、馬は若き無法者ビリー・ザ・キッドの手に渡っていた。 馬を渡そうとしないビリーはギャレットに撃たれ、ホリディは深い傷を負ったビリーを娼婦リオのところに運び込むが、ビリーはかつてリオの兄を殺し昨夜は自分を犯した男だった・・・。 監督の交代、映倫との争いなどのトラブルに見舞われた、実在の無法者ビリー・ザ・キッドの逃避行を描いたウェスタンだ。

フランスと、アメリカと

1946年、フランスでカンヌ国際映画祭が始まる。

第二次世界大戦の影響を受け、フリッツ・ラング(ドイツ)やジャン・ルノワール(フランス)等の多くの映画人がアメリカに亡命する。亡命ではなく招聘されてあるいは自ら望んでアメリカに行ったマックス・オフュルスやエルンスト・ルビッチ(ドイツ)、ルネ・クレール(フランス)などの作家も含めると、1930年代から1940年代にかけてのアメリカには著名な多くの映画作家が世界中から集まっていた。映画製作本数も年間400本を超え、質量共にアメリカは世界の映画界の頂点にあった。このことにより、1930年代~1940年代は「ハリウッド全盛期」、「アメリカ映画の黄金時代」と呼ばれている。

芸術の時代と言えるだろう。